冬季オリンピックで、スノーボードで2大会連続銀メダルを獲得した平野歩夢選手!
北京オリンピックで金メダルの獲得に期待が集まります。
そして、平野選手はスノーボードだけではなく、スケートボードでも活躍しています。
そんな平野選手の家族について気になる方は多いのではないでしょうか。
今回は平野選手の家族構成についてまとめてみました。
平野歩夢選手の家族構成は?
平野歩夢選手の家族構成は、両親と兄、弟の5人家族です。
- 父親:平野英功(ひでのり)
- 母親:平野富美子(とみこ)
- 長男:平野英樹(えいじゅ)
- 次男:平野歩夢(あゆむ)
- 三男:平野海祝(かいしゅう)
歩夢選手は、男三兄弟の真ん中みたいですね。
平野歩夢のプロフィール
- 生年月日:1998年11月29日
- 出身地:新潟県村上市
- 身長:165cm
- 競技:スノーボード・スケートボード
スケートボード用品店の息子として生まれた歩夢選手は、兄の英樹さんの影響で4歳のころからスケートボードとスノーボードを始めたそうです。
父親の英功さんや英樹さんと練習を重ねて、小学4年生でスノーボードメーカーのBURTONと契約を交わしています。
小学生の時には世界から注目を集めるほど有名な選手でした。
ソチオリンピックのスノーボードハーフパイプの種目で銀メダルを獲得!
日本人で初めて銀メダルを獲得する快挙でした。
スノーボード最年少メダリストとしてギネスとして認定され、競技を知らない人からも注目を集めます。
その後もスノーボードで数々の実績を残しながら、2018年にはスケートボードでもオリンピックを目指すと宣言します。
そして宣言通り2021年の東京オリンピックでスケートボードの日本代表として出場しました。日本人で5人目となる夏季冬季オリンピック出場選手になります。
2022年に開催される冬季オリンピックの準備をしながら、夏季オリンピックにも挑戦することです。東京オリンピックの結果は、予選14位。決勝は逃しましたが持ち前のジャンプをいかしたハイレベルな演技を見せてくれました。
平野歩夢の兄は平野英樹でスノーボーダー!
平野歩夢選手の3歳年上の兄が、平野英樹さんです!
- 生年月日:1995年7月23日
- 身長:165cm
- 競技:スノーボード、スケートボード
主な成績
- 2011年 BURTON US OPENに初出場で7位入賞
- 2015年 レボリューションツアーで優勝
世界大会で活躍できるほどの実力を持っていましたが、2016年以降はスケートボードがオリンピック種目として決定したため、スケートボードに転向したそうですね。
2017年には東京オリンピックに出場したいと話していました。
2020年東京五輪に向けて「五輪に出るのが幼少期からの夢。自分の国での五輪なんてなかなかない機会なのでもちろん出たいし、出るなら金メダルを取りたい」と力強く言った。
引用:nikkansports.com
スケートボードもオリンピックを目指せるだけの実力を持っていたことがわかりますね。
今は指導者として、新潟県村上市の「市スケートパーク」で子どもたちに教えているそうです。
「ひざを内側に曲げて」「もっと後ろに重心を乗せて」。うまく乗れるコツを指導する声が響く。スケートボーダーとして活躍する平野英樹(えいじゅ)さん(24)。
引用:mainichi.jp
平野歩夢の弟は平野海祝でスノーボーダー!
平野歩夢選手には4歳下の弟で、平野海祝さんです!
- 生年月日:2002年10月14日
- 身長:165cm
- 競技:スノーボード
平野海祝さんは三兄弟の三男で、兄の英樹さんや歩夢さんに憧れてスノーボードを始めました。
2019年に開催された「第3回冬季ユースオリンピック」で銀メダルを獲得し、2022年には北京オリンピックへの出場を決めています。
海祝さんの出身高校は私立開志国際高校。
開志国際高校にはアスリートコースがあり、そこのスノーボード部に所属しています。
ちなみに歩夢さんもこの開志国際高校のスノーボード部で活躍しており、父親の英功さんがスノーボード部のヘッドコーチを努めています。
平野海祝が「平野歩夢の弟が嫌」という理由
海祝さんはインタビューで「平野歩夢の弟が嫌」と発言しています。
「平野歩夢の弟」と言われることは「嫌です」と苦笑い。
引用:nikkansports.com
今までの頑張りを「平野歩夢の弟」と称されることは不満に感じるのだと思います。
不仲のうわさもありますが、ライバル関係で切磋琢磨する仲なのではないでしょうか。
お互いに同じスポーツに挑戦する兄弟だからこそ生まれる絆だと思います。
平野歩夢の父の職業は?プロサーファーを目指していた!
平野歩夢選手の父親は平野英功さんです!
英功さんはプロサーファーを目指していました。
土地改良に関わる準公務員職を22歳の時に、辞めた。周囲からは「安定しているのに」と反対されたが、サーフィンのプロになりたかった。サーフショップを開き、何とかお金を工面し、県外のいろんな所を回っていた。
引用:nikkansports.com
プロサーファーを目指して活動をしていましたが、息子たちと一緒にサーフィンをしたときに、長男の英樹さんが海に溺れて、海を怖がるように……。
そのため英功さんがサーフィンをしている間、子どもたちはスケートボードで遊んでいたそうです。
借金をしながら日本海スケートパークを開設!
スケートボードに興味を持った子どもたちのために800万円の借金をしながら日本海スケートパークを開設します。
いつしか息子たちを全力で応援していくと決めた。16年前、歩夢が3歳ぐらいの頃。日本海スケートパークを造った。東京に行かないと練習施設がない時代。
引用:nikkansports.com
新潟県には練習施設がないから“作るしかない”と考えたのでしょうか。
準公務員職を辞めてプロサーファーを目指すや、借金をしてでもスケートパークを開設するなど行動力のある人ですよね。
そんな父親の姿を見て育ったからこそ、歩夢選手はスノーボードとスケートボードをこなすアグレッシブな選手になったのかもしれません。
まとめ
平野歩夢選手の家族構成は、両親と兄、弟の5人家族でした。
兄の英樹さんはプロスノーボーダーで、世界で結果を残す選手でした。
今はスケートボード選手に転向して、指導者としても活躍しています。
弟の海祝さんもスノーボーダーで、ユースオリンピック銀メダルの活躍です。
時期オリンピックの出場を目指して頑張っています。
父親は会社を辞めて、プロサーファーを目指すや、子どもたちのためにスケートパークを開設するなど、アグレッシブな人でした。
そんな父親のもとで育ったからこそ、歩夢選手はスノーボードとスケートボードでオリンピック選手になれたのかもしれませんね。
兄弟でライバル心を燃やして競技に取り組む平野兄弟の今後が気になりますね!
ここまで読んでいただき有難うございました。