2022年カタールワールドカップ出場を決めた日本代表の中心選手として活躍している遠藤航選手ですが、どのような学歴だったのでしょうか。
小学生・中学生・高校生・大学と学歴をまとめましたので、ぜひ最後までご覧ください。
遠藤航の学歴まとめ
神奈川大学は中退!
遠藤航選手は神奈川大学の人間科学科に進学をしていますが、1年生の時に中退をしています。
湘南ベルマーレユース在籍時に2種登録されており、さらに大学生になった際にはトップチームに昇格したため、Jリーガーと大学生のわらじが大変だったそうです。
また、この大学で知り合いお付き合いをされていた方が現在の奥さんになりますので、大学に進学したことは決して無駄ではなかったですね。
当時の様子を遠藤航選手の母親は次のように語っています。
“『結婚するよ』といきなりでしたからね。学生とはいえプロとしてひとり立ちしていましたから、驚きましたけどしょうがないですよね。航は大学とプロ選手の二足のわらじが大変で大学をやめましたが、彼女も航を支えるために大学をやめました。しっかりした女性だから、安心して任せています
https://www.kanaloco.jp/sports/entry-71158.html
その後、2019年1月に結婚し、同年に4月に長男が誕生していますので、20歳で一児の父となりました。
遠藤航の高校の成績は?
遠藤航選手は地元である神奈川県にある神奈川県立金井高等学校の普通科に進学しました。
前述したように遠藤航選手は湘南ベルマーレユースに所属していたため、高校選手権には出場していませんが、Jユースカップに出場していました。
高校3年生の時に出場したJユースカップでは決勝トーナメント初戦で京都サンガU-18にPK戦の末敗れてしまいましたが全国ベスト16という成績を残しました。
高校2年生の時には第64回国民体育大会に神奈川県代表のキャプテンを務めて優勝しており、この出来事がターニングポイントとなったようです。
遠藤航選手本人が当時の出来事を次のように語っています。
偶然訪れたチャンスをものにできる選手だからこそ今の活躍があるのかもしれませんね。
僕、ラッキーなことに早生まれ(93年2月9日生)なんですよ。だから、高校2年の時に1学年下の国体代表に入ることができて、そのチームでキャプテンを務めて、優勝することができたんです。その大会がきっかけでU-17日本代表に選ばれたり、その上の代表に飛び級で選ばれたりするようになって……。
だから、「早生まれに感謝」です。スポーツをやる上で早生まれはアンラッキーと言われますけれど、僕は、ラッキーなほうの早生まれなんです(笑)。
https://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20190816/953665.html
遠藤航の中学時代の成績は?
遠藤航選手は地元の横浜市立南戸塚中学校に進学し、同中学校のサッカー部に入部に所属していました。
昔の日本代表であれば小野伸二選手や遠藤保仁選手など公立中学校の部活出身選手がいましたが、現在の日本代表では珍しい経歴となります。
当初は横浜F・マリノスのジュニアユースに入団したかった遠藤航選手ですがなんと3回もセレクションに落ちてしまったようです。
その後当時所属していたチームのコーチから「南戸塚中学校に良い指導者がいる」と聞き、南戸塚中学校のサッカー部に入部することに。
遠藤航選手本人が当時の出来事を次のように語っています。
“当時はF・マリノスが好きでよく試合を観に行っていたので、両親に「セレクションを受けたい」と話しました。
父親は「3次選考まであるんだから絶対に受からない」と言っていたんですけど、まさにそのとおりでした(笑)。
僕自身も落ちるだろうと思っていたけれど、でも、受けてみないとわからないじゃないですか。奇跡みたいなことがあるかもしれないし。
https://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20190816/953665.html“
公立中学校で伸び伸びとサッカーをしていた遠藤選手ですが、ここで当時湘南ベルマーレユースの監督を務めていた曺貴裁さんに出会うこととなります。
この出会いが後に遠藤航選手を日本代表にするきっかけと言っても過言ではないかもしれません。
他の選手を見に来ていた曺さんが、僕のことも目に留めてくれたんです。で、中学3年の時に湘南ユースの練習に参加することになったんですけど、いきなり練習試合に出場することになって。今でもはっきり覚えています。相手は柏レイソルU-18。僕の2つ上にすごい学年があったじゃないですか。
1990年生まれは、酒井宏樹選手、武富孝介選手、工藤壮人選手、指宿洋史選手をはじめ、なんと9人がプロになったんだそう。
めっちゃ強かったんですよ(笑)。ただ、ヘディングだけは指宿くんが相手でも勝てることがあって、
後から聞いた話では、曺さんが「遠藤の空間認識能力はすごい」と言ってくれていたみたいなんです。
有名高校のセレクションを受けることも少し考えていたんですけれど、それから何度かベルマーレの練習に参加して、曺さんに誘ってもらう形でベルマーレに行くことを決めました。
https://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20190816/953665.html
遠藤航の小学生時代の成績は?
遠藤航選手の出身小学校は横浜市立南戸塚小学校であり、地元の南戸塚少年サッカークラブ所属していました。
また、小学3年生の時には「クーバー・コーチング・サッカースクール」へ入団しました。
同スクールはフットサルコートで1対1の技術を磨くことに特化しており、フットサルの全国大会出場者やナショナルトレセン選抜経験者など実力者が多く通っていました。
この時点での遠藤航選手はずば抜けてうまかった選手ではなかったようです。
小学生時代の遠藤航選手の様子を当時のコーチは次のように語っています。
“航は落ち着いた子だった。物静かではしゃいでいる感じとかはない。グループが20人ぐらいいるとしたら、そのなかで“一番上手い”ということはなかった。
周囲の子(実力者)に比べると決して一番上手という部類ではなかった。だからと言って、何もできなかったというとそうではなくて、グループを3分割するとトップ集団のお尻のほうぐらい。
下手とも思わないし、プレーしていてもどかしさもないけど、飛び抜けてこの子が凄いというのはちょっと感じなかった。
https://www.football-zone.net/archives/304941
また、当時のコーチは判断の速さが備わっていたり、準備が良かったり、技術だけより頭の回転が卓越していたとも語っています。
さまざまなインタビューを調べてみましたが、このコーチが語っているように遠藤航選手自身も頭を使ったプレーや練習の成果で今の遠藤航選手ができていると認識しているようです。
まとめ
今回の記事では遠藤航選手の小学生・中学生・高校生・大学と学歴ごとの実績やエピソードをまとめました。
決して天才的な選手ではなかった遠藤航選手がさまざまな偶然や出会いを経て現在の実績を収められるようになったのがわかっていただけたかと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。