宇田川会がtwitterのトレンドに入るなど、大注目のオリックスバファローズの宇田川優希投手。
WBC2023でも大活躍していますね。
昨年、支配下登録されて一気に日本代表まで登りつめた宇田川投手ですが、高校時代や大学時代の成績はどうだったんでしょうか。
また、ドラフトを一度は拒否したそうですが、その理由について調査しました。
宇田川優希の八潮南高校時代や仙台大学での成績や評価まとめ
オリックスバファローズ、そして日本代表としても活躍している宇田川投手。
2020年に育成ドラフト3位でオリックスバファローズに入団しました。
育成ということから、もともとの評価はそこまで高くなかったことが伺えますね。
高校時代からみていきましょう。
八潮南高校時代
宇田川投手は埼玉県の公立八潮南高校出身ですが、中学時代はまったくの無名でした。
身長は180cm以上ありましたが、体重が70kgにも満たない細身で試合では捕手を務めることが多かったそうです。
中学時代の指導者の方が言うには、「ポテンシャルは高いかもしれないけど、制球も良くなく、独り相撲を取ってしまい試合を作る事が出来ないので、公式戦では使いづらい投手」だったとの事。
入学後まもなくでの練習試合で、B戦と言われる控え選手たちの試合がありました。
そこで、上尾高校を相手に2失点完投したことをきっかけに、投手として育てても面白いかなと監督が考えたそうです。
ですが、能力はあるけどムラッ気もある普通の投手だったため、夏のメンバーに入ることはなく、体力作りに尽力して急速に成長していったそうです。
2年秋の新チームでは、当初エースとして予定していた投手を差し置いて、宇田川投手が投手としての柱となっていたそう。
かつては「宇田川が投げているときはエラーすると、顔を見れないくらい怖かった」と言われていたが、どんなピンチでも笑顔で仲間たちと話せるようになったメンタル面の成長が大きかったとか。
3年夏の1回戦は杉戸高校相手に15三振を奪い完封していますが、安打も7本打たれています。
ヒットを許しながらも、要所要所はしっかりと抑えていたということですね。
2回戦の北本高校との試合では初回に3失点した2年生投手の後を受けてロングリリーフ。
チームの7対6の逆転勝利に貢献しました。
3回戦はシード校の正智深谷高校に初回2点を奪われながら以降は抑えて延長15回引き分けで再試合に。
しかも9回以降は毎回1死2塁となりながらも堪えました。
再試合では力尽きて敗れてしまいましたが、宇田川投手の存在はメディアに取り上げられ、評価も上がっていきました。
仙台大学時代
もともとは宇田川投手自身は大学で野球をやるつもりはなく、高校3年生の進路調査では「BCリーグ」としていたそうです。
大きな転機となったのは6月の行われた帝京高校Bチームとの練習試合。
当時は帝京高校Bチームのコーチだった金田優哉現監督が「いい投手なので、大学でもやれるのではないか」と思い、自身の先輩だった仙台大学の森本吉謙監督に伝え、翌週森本監督が実際に見に来ました。
その時の試合ではあまり良くなかったが「いい投手ですね。4年後にはプロに行かせられますよ」という言葉をもらったそう。
その根拠として、
- マウンドでのたたずまいが良かったこと
- 球をリリースする時の指の音が素晴らしかった
夏の大会を終えてまだ進路に迷っていましたが、高校の齋藤監督にも背中を押され仙台大学に進学。
仙台大学では本来の持ち味だった縦のスライダーに加え、現在も大きな武器になっているフォークボールをマスターしさらに成長。
2年時には早くもドラフト候補と言われる存在になっていました。
しかし3年秋から4年春にかけて調子を落としてしまい、プロ志望届を出すかどうか迷っていたそう。
ここでもまた、高校の齋藤監督に電話をかけ相談した際に「高校時代からずっとチャレンジャーとして挑戦してきたじゃないか。そのチャンスがあるんだったら挑戦するべき。やるだけやって駄目だったらしょうがないじゃないか」と背中を押されたそうです。
宇田川優希がドラフトを拒否した理由とは!?
そうして2020年の育成ドラフト3位でオリックスバファローズから指名される宇田川投手ですが、当初は拒否する可能性もあったとか。
というのも、ドラフト前に全12球団に対して支配下登録での指名でない場合は社会人野球に進むと通達していたからです。
ですが、宇田川投手自身は3年秋~4年春にかけて調子を崩していたこともあり、支配下で指名されるかは不安だったそう。
育成での指名があったときは安堵したそうです。
しかし、すでに入団拒否の姿勢を示していたため、当初の意向通りに社会人野球に進むしかないのではと困惑し、当日の記者会見では何も発言が出来ませんでした。
その後、一緒に育成枠で指名されたチームメイトの佐野選手と話をした際に気持ちが固まったようです。
佐野選手が入団に前向きだったことや、仙台大学の先輩でオリックスバファローズに育成で入団していた佐藤優梧選手から、オリックスの環境を教えてもらったことで自身もプロ入りを決断しました。
よく入団を決断してくれたな~といった感じですね。
社会人野球に進んでいたら、今の活躍はなかったですもんね。
まとめ
今回はオリックスバファローズに所属する宇田川優希投手の高校時代や大学時代の成績や評判のまとめや、ドラフト拒否の裏側について調査しました。
宇田川投手を見ていると、かつて日本の大魔神として君臨した佐々木主浩投手を思い出してきます。
宇田川投手にも日本の大魔神になって、日本代表をWBC優勝に導いてほしいですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。