荒木遼太郎の幼少期から高校時代までまとめ:熊本県山鹿町の出身だった!

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2021年度のJ1リーグでベストヤングプレーヤー賞を受賞した鹿島アントラーズ荒木遼太郎選手

高卒2年目の2021年J1リーグで10代ながら10得点を記録、1994年の城彰二以来となる10代での2桁得点をマークしました。

2022年1月21日の日本代表戦にもA代表初招集された若き才能、荒木遼太郎選手の原点に迫ります。

荒木遼太郎の幼少期から高校時代までまとめ:熊本県山鹿町の出身だった!

♦荒木遼太郎のプロフィール♦

  • 荒木遼太郎
  • 身長: 170cm
  • 体重: 60kg
  • 出身地: 熊本県
  • 血液型: O型
  • 利き足: 右
  • 誕生日: 2002.1.29
  • 所属クラブ: FCドミンゴ鹿央(熊本)→シャルムFC(熊本)→ロアッソ熊本ジュニアユース→東福岡高校→鹿島アントラーズ

荒木遼太郎の幼少期:熊本県山鹿町出身で、幼稚園からサッカーを始める

荒木遼太郎選手の生まれた町、熊本県山鹿市は熊本県の自然豊かな小さな町で山鹿温泉や山鹿灯篭まつりが有名です。

父親が近所のサッカーチームでコーチをしていたこともあり、幼稚園の頃から近所のサッカースクールでサッカーを始めました`。

幼少期の頃からドリブルなどサッカースキルをぐんぐん伸ばしていたようです。

小学校以前からボールに触れる機会を持っていたということが、J1リーグで大活躍した荒木遼太郎選手のサッカー能力を高める基盤となっているのかもしれません。

荒木遼太郎の小学校時代は?

山鹿遼太郎選手の小学校は公開されていませんが、2009年の山鹿町の広報誌に鹿本マラソン大会で小学生の部で優勝している荒木遼太郎さんを発見しました!

2009年なので、荒木遼太郎さんが7歳のころでしょうか?同姓同名の可能性もありますが、ご本人ではないかと思います。

この事から、山鹿町内の地元の小学校に通っていたとみられます。

プロサッカー選手として活躍している荒木遼太郎選手ですが、小学生の頃は野球もプレーしていたようです。

しかし、ゴールを決めた時の喜びや楽しさに惹かれ、小学生3年生の頃からプロサッカー選手を目指してサッカーに本格的に打ち込み始めました。

小学生の頃には地元のサッカークラブ、FCドミンゴ鹿央とシャルムFC熊本でプレーをし、この頃からサッカー選手としての素質を見せ始めていたようです。

FCドミンゴ鹿央のコーチも初めてプレーを見た時の印象を「もうサッカー選手だな」と語っています。

小学生の頃からコーチ陣にたぐいまれなる才能だと思わせたという荒木遼太郎選手ですが、上の動画内でも、「瞬時の判断力は小学生の頃に身につけた技術」と言われてます。

プロになった後も、小学生の時にお世話になったこのFCドミンゴ鹿央を訪問するなどサッカーの原点を作ってくれたクラブチームに足を運ぶこともあるようです。

山鹿遼太郎の中学校時代は?

その後、小学生の頃から県トレセンでプレーするなど実力も自信もつけた荒木遼太郎選手は、地元の熊本県米野岳中学校に入学するも、サッカーは地元のJリーグクラブ、ロアッソ熊本ジュニアユースに所属してプレーをします。

小学生の頃よりも周りのレベルが上がる中さらに実力を磨き、U-14のナショナルトレセンなどでも活躍をしました。

荒木遼太郎の高校は?

荒木遼太郎選手は、中学卒業後は地元熊本を離れ、サッカーの名門校東福岡高校へ進学しました。

高校一年生の頃から世代別日本代表や国体にも呼ばれていた荒木遼太郎選手ですが、怪我の影響でプレーの時間はあまり得られませんでした。

高校2年生の頃から東福岡高校でのレギュラーにも選ばれ始め、高校3年生になるとキャプテンを任されることになります。

しかし、高校生活最後の選手権大会では、怪我の影響もあり、福岡県予選決勝でも出場は途中から30分程度。チームもその決勝戦で敗れ、荒木遼太郎選手の高校サッカー生活は終わりを迎えました。

怪我や大きな結果を残すことができなかった高校生活ですが、J1リーグの鹿島アントラーズからの内定を勝ち取り、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートしました。

荒木遼太郎選手が2020年プロキャリアをスタートした年に行われた東福岡高校の後輩へのインタビューでは、

『(“ハンパない”のは)何でも一人でしてしまうところです。守備ではボールを自分で取り、ビルドアップではゲームを組み立て、フィニッシュも決めてしまうところです』

『自分は荒木先輩と違って守備側で一緒にプレーをしていたんですけれども、ボールの運びどころがとても凄かったです。相手を引き寄せられるし、自分で突破もできたりするなど、ハンパなかったです』

引用元: 東福岡高の後輩が明かす、鹿島MF荒木遼太郎の高校時代と“ハンパない”一面 | ゲキサカ

と後輩からも荒木遼太郎選手へのリスペクトが見て取れます。

怪我に苦しみ満足のいかない高校3年間を過ごした彼ですが、怪我をしていても他の選手を凌駕するようなプレーを見せていたのでしょう。

まとめ

荒木遼太郎選手の幼少期から高校時代までを振り返ってみました。

  • 小学校:山鹿町内の小学校(非公表)
  • 中学校:米野岳中学校
  • 高校:東福岡高等学校

小学生の頃からサッカーに対する熱い想いと才能を開花させた荒木遼太郎選手。

育成年代では怪我などに苦しみながらも、プロサッカー選手として若き才能をスタジアムで遺憾なく発揮しています。

本人も「同期には絶対に負けたくない」「日本で活躍しても全然足りない」と発言しており、さらなる成長へ意欲を燃やしています。

日本サッカー界の期待の星として、荒木遼太郎選手の活躍に目が離せません!

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